ところで、と疑問に思うのは当然です

さて、大学も行っている。
会社はどうなった?

と気になる人もいることでしょうから、ちょっと解説。

会社は経営しておりますが、厳しい船出であります。
そううまくは行きませんね。
それに大学のほうが予想に反して大変で、6月からは仕事どころじゃありませんでした。
だいたい予習をしないと、授業についていけないですし、読まなければいけない本もどっさり。
さらに、毎週のようにレポート課題が出されるので、うちの大学の英文の子はバイトをしてる子はほんのわずかですね。

3年で編入をしたのは社会人は私1名、そして短大から入ってきた子がもう1名いました。
一般は本当に倍率が高いです。 28分の1ですので、合格した子はすごいと思う。
その子とは仲良しで、いろんなことを話します。
大学のシステムにも慣れていないので、4月は本当に大変だった。

履修届もいまはWEBでやらなければいけないので、簡単なようで仕組みをしらないと
難しいし、履修のシステムも、どれが必修で一般教養科目(コア)が何が足りないかなども自分たちで調べなければなりませんから、編入をするということはかなりの自立が求められるのですね。

言ってみれば、中途入社と同じですが、同じ仕事をしている人はいないですし、別に歓迎会があるわけでもありませんから、そういう意味ではもっと孤立しようと思えばできてしまうのが大学ってところです。

だから皆1~2年のうちにサークルやバイトをしてできるだけネットワークを作るのでしょうね。
いい方法だと思います。

社会人編入をしたい人がもしこのブログを読んでいたら、ぜひいろんなアドバイスをしてさしあげたいな、と思います。
思っているよりもきついですよ。私たちは社会に出ると、学問を離れて現場のやり方をとりますが、大学というところは現場を一切無視して、学問をやっているところですからまず思考の仕方がちがいます。 先生とも会話の行き違いを感じます。

彼等大学の先生というのは、一般社会よりもあるいみ下剋上ですので、先生の権威というのがまずすごいんですね。
子供がお父さん、お母さんに接するように、圧倒的な服従心のようなものを感じます。
これは日本だけのものなのか、アメリカの大学でもそうなのか、というのはまだよくわかりませんが、私のようにしばらく社会で「やりたいようにやってきた人」には、そういうちょっと狭い場所に閉じ込められながら物を考えていく、ということに、ある種のカルチャーショックを感じたりもします。

でも、それほど窮屈とも感じません、実施には。
結局、大学というところは与えられるものだけをやっていたら、せいぜいBどまりの評価しか得られませんし、自分なりに何かを研究しようと、半ば強引に結論をまず1個もってきて、そこへの旅を続けていけば、けっこう楽しい毎日です。

もし、社会人編入をするのに〇〇大学卒業という学位だけを求めていたら、すごく残念な結果になるかもしれませんね。
知的探求の旅をすることなんて、ある程度大人になるとそんなに簡単にはできないものです。
仕事が邪魔をするし、家族だっているし。

そういうものからたった2年間だけでも解放されて、思う存分好きな勉強ができるのであれば、そんな学位になどこだわらなくなるに違いありませんし、実際にこだわりを無くしたところから、また新しい知的な旅が始まるのではないでしょうか。

というわけで、仕事も大切ですが、仕事はいつでもできる、ということを考えて今は大学の勉強に優先順位を置いているわけです。 こればかりは一度に二つはできません。
かたや英語の小説をよみながら、かたやプレゼンを作る、ってことはさすがに私もできない。

つまるところ、知的探求の旅も読書も「右脳」を揺さぶる行為なのですね。
それに比べて、経営というのはあまりにも「左脳」すぎるのです。

課題12分の4が今日終わりました。
全部終わったら少し仕事のことを考えようかな、って思います。

b0043980_17302037.jpg



みい
[PR]
by mysakuranbo | 2011-07-21 17:30 | 日々の出来事 | Comments(0)

毎日が新発見


by me
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30