夜中の翻訳は・・・

夜中にもっとも向かない作業は翻訳である。

英語の勉強にはふつうは翻訳という作業は発生しないのが大前提なのだけど、わたしのように「文学」というカテゴリーを勉強していると、翻訳することもひとつのテクニックとして必要なときもある。
今日は明日の発表の準備にいそしんでいたのだけど、Time is up.

また明日の朝続きをやろう。
ふーむ、終わるのか? おわらないとまずい。

村上春樹が翻訳をやっているけれど、英語の翻訳って結局は「日本語力」なんだよね。
その英単語にどれだけふさわしい日本語を知っているか、ということが問題なのだ。

たとえば

The new apartment was crowded with plants.

という表現がある。 (今読んでいるCynthia Ozickの作品の1文より)

これをどう訳します?

直訳しちゃうと、その新しいアパートは植物でいっぱいだった、です。

ま、これでもいいね。

「新しいアパートは植物でぎっしりだった」でもいいし、「植物だらけだった」でもいいと思う。

とにかく、そんな風に感性が要求されるので、なんだか英語なんだか日本語なんだかわからなくなってきて、言語の中間をぼんやりと漂うようになるわけ。

そのとき、言葉というものの融合がおきて、本来意味するものが光ってくるように思う。
言葉は伝える手段にすぎないのだから、コンテクスト(意味するもの)はやはり五感のイマジネーションが必要になる。 

それをOzickのような人はばっちりと表現しているから、わたしはすごくやりやすい。
難しいけれどね。

いままで何人かのユダヤ女性を見てきたけれど、彼女の文体が一番なんかしっくりくるから、彼女を卒論に選んだらどうなるのかしら、と想像してみてる。

例によって彼女を卒論にもってきた人は検索すぐ限り学部生にはいない模様。
面白いことに先日紹介したライオネル・スリリングの教え子がこのシンシアオージック。
これだからアメリカ文学はやめられない。
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by MySakuranbo | 2011-10-12 00:44 | 趣味のアメリカ | Comments(0)

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