時間とは

普段わたしたちが意識している時間の流れとはどんなものだろうか、と
考えてみる。

文学では言葉に、行間に、時間の流れを感じさせるものが多い。
わたしは特にその「時間の流れ」になぜか敏感になる。

もともと「人物像」や「人物」にあんまり興味がない、ということもある。

Kateという登場人物がいたとして、Kateがどのような運命に巻き込まれるにせよ、KateはKateなりにやったんだよ、きっと。

という見方をしてしまうので、それよりも、Kateが自分ではなんともできない「運命」だったり「時間」だったりというものに、自分を置いているような物の見方をしがちである。

それはどう考えればいいのか、難しい。
文学研究の対象として、「時間」ということにこだわるのが果たしていいのか。
(つまり、人物に迫らないままに、という意味で)

おそらく、わたしの考え方は

人は変わる
時間は変わらない

という設定の中にあるからかもしれない。

時の流れというものは、今、こうしている瞬間にも、自動的に流れていくもの。
ブラックホールにでもいない限り、時間は流れていくのだ。

ブラックホールでは時間の概念はない。
本当に大きく考えれば、我々が時間を意識している理由は現在の「宇宙」があるからなので、時間を意識するということは、宇宙的なのだ、ということもできる。

ブラックホールの近くに行くと時間と時空は歪んでいく。
そういう歪みのようなものを文学の中に見出していくことが、わたしの楽しみなのかもしれない。

卒論のテーマもこのような「時空の歪み」を意識できたら、と思う。

ブラックホールや時空の歪みについては、スティーブン・ホーキングが詳しく書いている。
わたしは物理的なことはぜんぜんわからなかったくせに、アインシュタインの理論には激しくはまった。 中学校のとき、タイムマシンで旅行ができるのか、という作文を書き、アインシュタインの勉強をした記憶が残っている。 そしてもちろんホーキング博士の著書もかなり早い時期に読んだ。
(物理的なことはわからないけれど)世の中には自分の知らないところで、知らない力が働いており、意識と無意識には絶え間ないギャップがある、とその頃から気づいていたのかもしれない。


子供のころの勉強なんて役にたつのか、と思う人もいるかもしれないけれど、
アインシュタインの公式を覚えていた(E=MC2)ので、この前のWriting のクラスで教授がいきなりその話をしたときに、その話の「おもしろさ」についていくことができた。
勉強なんてなんの役にたつのか、と聞かれたら、こういうといいかもしれない。

「役にたつかどうか、英語で考えたときにわかる」

英語を勉強するということは、英語で「何か」を知ることにあるのだから。


では、「英語なんているのか?」という質問には、どうこたえるのか?


時間の流れには逆らえない、としかいいようがない。
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by MySakuranbo | 2012-01-09 23:48 | 趣味のアメリカ | Comments(0)

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