責任

日本語と英語と両方を書くのは結構むずかしい。
でも、小説家がエッセイと小説を両方書いたりするように、わたしも日本語を”たまに”
書くようにしたら、いいのだと思う。

メルボルンから帰ってきて、どうにもいろいろなことにやる気がなく、(ということをすでに
Scholarly Roadのほうには書いているのだが)、あらゆる物事への執着心がなくなっていたのが先週のこと。

そして、前に心療内科にかかっていたときの薬がざっくりと余っていたことを思い出す。
弱めのものから再度復活してみたが、やはり私には劇的に効くひとつの薬があったとわかった。
おととし、少し気を病んでいたときに服用していたときは、それほど効き目があるように
も感じなかったのだが、メンタル系の薬というのは、ちゃんと効能があるのだ、とわかっ
たことで大きな収穫だ。

そしてもうひとつ、副産物もあり、メンタル系の薬をのむと食欲が減退する。
今のわたしには好ましい状況ともいえる。

日本ではメンタル系の薬や心療内科、精神科などへの嫌悪感がまだまだあるように
思うけれど、海外では自分のかかりつけ医が精神科医である人なんて掃いて捨てる
ほどいるのだから、ちょっと調子が悪いときにはどんどん相談に行って、気をわぬ人生を歩んだほうがよいと思う。

思うようになった、というべきか。

最近BONES(Foxのドラマ)にはまっていて、ほぼ毎日見ているのだけど、その中
でたまに哲学的なことを言うのでおもしろい。 BONESは「生き生きとした」死体が
じゃんじゃん出てくるドラマなので、グロ系が苦手な人は絶対にだめ(そういう意味
ではとしくんは死んでも見ない)だと思うが、わたしはこの手のものへの抵抗がまったくない。

生まれ変わったら検視官とかしてもいいぐらいだ。

ま、それはさておき、BONESだったと思うが、気負いやすい人というのがいて、
そういう人は自分の周りのあらゆることへ責任を持とうとする、とか言っていた。
確かにその点は頷ける。

責任を持とうとする、ということはすなわち、つねに繋がっていようと思うことだ。
Being connectedでありたいのだ、きっと。
さらに言うと、周りのあらゆることへの関心の高さから、自らのことを最もおざなりにする。
難しいけれど、周りへの配慮的な行為が増えてきていたら、それが小さな警告だと
思ったほうがいいのかもしれない。

教授にも私の文章はマイルドすぎて、伝わってこない部分がある、と書かれていた。
英語はストレートにものを言うようにできている言語なのだから。
英語ブログはとにかく続けようと思っている。
最初はリンクしないつもりだったけれど、ここから読みに行く人もいるようなので、
右側にリンクをしておいたので、いつでもどうぞ。

話が長くなったけれど、そういうわけでいろいろな意味で復活しつつあり、これから
1か月間やろうとすることを考えたり、本を読み始めたりなどを開始する予定だ。

雨も止んで空が明るくなってきた。
自らに課した責任に潰されないように、午後のひとときをすごそう。
[PR]
by MySakuranbo | 2012-03-06 12:51 | 日々の出来事 | Comments(0)

毎日が新発見


by me
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30