トイレの歴史と万博

書きかけで消してしまったという記事への未練があるので、ちょっと
追加して書いておくことにする。 また、消えてしまったのが、最後の
最後にタイトルを書いて、UPする直前だっただけに残念すぎたのだった。

さて、前記事で、カールトンガーデンが万国博覧会の会場になった、と
書いたが、第1回目の万国博覧会は1851年にロンドンで開かれたのが
そもそものスタート。当時の万博というのは、臨時の会場を作るのが
普通だったので、カールトンのRoyal Exhibition Buildingはとても
稀な建物ということになる。

なんでわたしが万博にちょっと興味をもったか、というと、大学のエッセイ
課題で、文化か教育を選択して英文レポートを書くものがあったからだ。
わたしはその題材として「日本のトイレ進化と文化的背景」とし、日本の
トイレ文化を比較文化的にまとめた。
(実際の英語タイトルはCultural Illumination of the Japanese Toilet Evolution)

そこで、近代トイレそのものの歴史を紐解いていくうちに、第1回目の
万国博覧会で水洗トイレが製品として展示されていた、という文献に
出会ったのだ。

当時は産業革命時代のイギリス。開場に世界中から来た人たちが
このトイレを世界にばらまいた、というわけだった。
トイレのことをWCと言うのも、イギリスのこの水洗トイレが
Water Closetという名前だったので、いまだにトイレのことをWCと
表記している、ってわたしはこのときはじめて知った。

リサーチのテーマとしては、日本だけトイレがどうしてこのように進化
したのか、といういうことに興味があったので、その文化的考察としての
結論は以下のとおり導き出している。

1 西洋には宗教的にトイレの話はご法度になっている。
 (いまだに西洋のマナーで食事中にトイレに行かない、と言っているのは
このためです)

2 日本建築の構造的な歴史から、日本家屋ではトイレだけがプライベート
空間だった。

3 トイレの開発者である男性のトイレに対する情熱

日本では大阪万博(1970年、日本で最初の万博)のときに
はじめて洋式の水洗トイレが紹介されており、万博の歴史はトイレの歴史
とかなり結びついているのが興味深いと思った。


昔、パリに行ったときに、トイレの写真を撮影してきたのだけど(これ)、
このトイレの歴史はものすごい古いということがわかった。
もともとパリという街にはWCがなくて、汚物を外に投げ捨てるという
文化(なんだ、この文化は)があった。 

でも、あまりにもひどいだろう、ということで、マドレーヌ広場の地下に
近代トイレを作ることにしたのが、これで、なんで地下にトイレがあるかと
いうと、パリの人はトイレなんていう嫌われ者は、地下で十分だ、と
思ったからなのだ。 

もちろん遠い昔の話だけれど、日本のように排泄物を肥やしに使う
文化はなかったし、トイレにも神様などいない宗教的精神がこのように
トイレを虐げてきた結果なのだった。

各国に旅行にいくと、いろいろなトイレに出会うと思うけれど、そこには
単に「公衆衛生」という表面的なことではなく、それぞれに深い歴史が
あるって思うと、なかなか面白いはずだ。

わたしは日本にいまだに公共施設などに和式のトイレがあるのが
どうにも理解に苦しむ。 和式トイレはもういらないのではないか
と心から思っているのだけど、洋式はいやだ、という人もいるんだろうね。
日本は下(シモ)だろうがなんだろうが、物理的に触れることに対しての拒否感
が、けた外れにすごい。

これもトイレのプライベート化に一役かった精神論だ。
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by MySakuranbo | 2012-04-06 18:51 | 日々の出来事 | Comments(0)

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