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GPAという制度

アメリカの大学にはGPAという評価制度がある。
Grade Point Averageの略で、成績を数値化したもので、個別の成績だけでなく、平均を重要視している。
(詳しくはWikipediaをどうぞ

最近日本でもGPA導入にむけての対策と思われる、成績基準の変更をはじめた大学もある。 昔のように優良可の方式はすくなく、A-DもしくはS-Dの4段階、5段階をとることが多いようだ。
わたしの大学もすでにS-Dの評価制度に移行しているが、GPA制度はまだとっていない。

そこで、自分で少し計算をしてみた。
編入学なので短大時の成績をそのまま引き継いでいる。 それを知ったのが単位認定が終わったあとだったので、そんなことなら、成績の良いものだけを選んで認定すべきだった。 編入単位認定は前の大学の授業と今の大学の授業の類似性を個別に判断し、大きくはずれていた場合には却下となるので、結構な体力を要した。 それが昨年の4月の話。それだけで、なんだか入学なんかしなければよかった、と思うほど大変な作業だったのだ。


今現在のGPAは3.4と算出された。
短大時の成績が足をひっぱっている。 これが3.3、で今の大学の前期の成績
だけを切り出してみたところ、3.8だった。 いかに短大の成績が「ふつう」だったか
わかるようになっていて頭が痛い。

3.8というのはある意味驚愕の数値らしい。 アメリカの大学では3.0がふつうで、
3.5以上は優秀な学生となり、3.7ぐらいあれば、大学院入試にもかなり有利に
働くとか。

こんな感じになる。 GPAは4.0が最大値だ。

GPA Percentile Letter Grade
4.0 95-100 A
3.9 94 A
3.8 93 A
3.7 92 A
3.6 91 A
3.5 90 A
3.4 89 B
3.3 88 B
3.2 87 B
3.1 86 B
3.0 85 B
2.9 84 B
2.8 83 B
2.7 82 B
2.6 81 B
2.5 80 B
2.4 79 C
2.3 78 C
2.2 77 C
2.1 76 C
2.0 75 C

GPAがCレベルに落ち込むと、強制退学となるらしい。 大学によっては
少し制度の運用は違うので、それぞれの授業成績がCが3つ、4つとった時点で
イエローカードということもあるようだ。

今は日本の大学にいて、日本の大学院に進むつもりでいるが、ひょっとして
いつかアメリカの大学院に行くかもしれないし、今後GPA制度が確立されたら
今の成績は永遠にGPAとなって残ることになる。

そうなった場合も考えて(もちろんそれだけではないが)、ひたすら各科目の
成績をしっかりAをとることを目標にしている。 Bはわたしにとっては残念賞で
Cをとるなんてことのないようにしなければいけない、と思っている。

Cをとる、ということは、課題を中途半端で、出席数も足りず、期末のレポート
が散々な場合で、期末レポートを提出しない人はわが校では全員落第になる。
また、出席をいくらしていても、課題の理解度が低いと判断され、かつ、期末
レポートが駄作であれば、一生懸命やっていようが、簡単にCになる。
そのぐらい単位の基準は厳しいのである。

来週月曜日に後期の成績が発表になるので、全平均GPAが3.5以上になる
ことを願っている。 また成績がでたら、計算して発表しようと思う。
良い成績でないと、大学院の入学に有利にならないので、ここが肝なのだ。
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by MySakuranbo | 2012-03-30 20:24 | 知識の泉 | Comments(0)

メルボルン旅行記 13 オーガニックコスメ

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2012年メルボルン旅行記はこちらから ---> 目次
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オーストラリアはオーガニックコスメが人気で、名の知れたところでは
Aesop(イソップ)などがある。 最近では東京に何店舗か直営店もある。
先日銀座で路面店があったので、けっこうびっくりしたばかりだ。

でも、Aesopはオーストラリアでも結構なお値段がするし、瓶に入っている
形状なども好き嫌いがあるのではないかと思う。 

メルボルンのデパート、David Jonesの1Fにはコスメコーナーがあって、オーストラリア
のメーカーも沢山ならんでいた。 メルボルンで買い物をするのなら、
レイトショッピングデーの木・金がいい。

Location
310 Bourke Street
Melbourne, VIC 3000

Trading Hours
Monday 9.30 - 7.00
Tuesday 9.30 - 7.00
Wednesday 9.30 - 7.00
Thursday 9.30 - 9.00
Friday 9.30 - 9.00
Saturday 9.00 - 7.00
Sunday 10.00 - 7.00

いろいろ試していたが、わたしがそのパッケージと香りで気に入って買ったのがこちらのナティオ。

Natio http://www.natio.com.au/

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日本にはショップもなく、インポート商品も売っていないのが残念だが、ラッキーなことにオンラインショッピングの国際配送をしているとHPに書いてあった。今度まとめて注文してみようと思う。

今回買ってきたのは、無難なところで保湿クリームをわたしととしくん用の
ふたつ。 男性も肌は乾燥するので、としくんはいつもわたしの保湿クリームを使っていてリッチな肌になっているのである。 

着け心地は適度ななめらかさがあり、ロキシタンの保湿クリームに比べ
ると伸びが良いし、香りもハーブをミックスしているようで、自然の中に
いるような香りがする。

それをとしくんは「干し草の上で寝ているような匂い」と表現した。 
そう聞くと、なにやら、借りてきたようなセリフだが、彼の家には牛が
いたので子供のときには本当に干し草の上で寝ていたのだ。
ペーターみたいな人である。


いつかとしくんをモチーフにした小説を書こうと思わずにはいられない。
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by MySakuranbo | 2012-03-30 11:20 | -Australia | Comments(0)

言葉と教育と社会と大学

メルボルン旅行記、長いですか? 
そろそろ辞めますか?(笑)

こうやって書いているといくらでも書けてしまうので、そろそろ終わりにしよう
かな、なんて思っています。 旅行記も、旅案内というより、旅独白みたいな
風体になってきていますが、こんなのでよければいくらでも書きます。
でも、今日はちょっと「言葉」について最近わたしが考えていることを書くことにします。
長いので、まぁ、ゆったりと読んでくれるとうれしいです。

◇◆◇

最近書きたいことがかけるようになってきた気がするのは、本を沢山読んで
いるからに違いないと思っている。人間の言語能力をあげるには、絶対に
読むことが必要だ。 自分の考えを伝えるにも、言葉を運ぶ能力もいるけれど、
「どの言葉を」「どのタイミングで」「組み立てる」ことができるか、が分かれ目
だ。 

教育(というより、自らの知識欲とでもいおうか)が、読ませることから、
器用になることを教えるようになったら、さらにこの力は衰えることが
目に見えている。

言葉で言うことができないから、暴力になる。
言葉がみつからないから、無言になる。
言葉を選ぶことができないから、口論になる。
言葉の力を知らないから、自分の力がないと勘違いしている。

など、あげればきりがないが、女性の社会での活躍ということを
ライフワークのすべての根幹にあげているわたしとすれば、女性の言葉の
選び方が、まだ男性のそれとは違うことにあると思っている。

それを、女性は論理的ではない、という言葉で片づけてしまうのは
おそらく男性というか、そういう発言をする社会が、知らぬ間に備えていた
歴史的な言語習得の結末なのではないか、という気もする。

女に学問などいらぬ、という古い考えが変わりつつある(まだ途上)のは
この10年ほどのことで、そんなに新しくはない。女性の大学進学率が10%を超えたのだって、わたしが生まれてからあとのことだ。 現在はその数値もようやく5割に近づきつつある。もっとも短大の進学率を合計すると、女性と男性の割合はほぼ同じだったので、女性は当時はそういう選択もしていたことになる。
現在は短大という存在は瀕死の重傷、あるいは絶滅危惧種だ。
短大卒という言葉の意味が変わってしまっている。 この資料をみるとその意味がわかってもらえると思う。

でも、わたしが一番思うのは、大学というところが何をする場所なのか、ということを
学生はいまひとつわかってないし、ビジネス社会も大きな誤解をしていて、それが社会全体の危機なのではないか、と考えていることなのだ。

大学は理系でも文系でも「多くの本を読む」ところだ。
それで、理系では得た知識から仮説をたて、実験という実証をしながら自らの結論を導き出す。 また、文系では、得た知識から仮説をたて(ここまでは理系も文系も一緒)、量的、質的リサーチという実証をするのがひとつ。 またもうひとつは言葉や文化的背景という歴史や芸術というものに分け入ってみたり、哲学や宗教的観点や言葉そのものに身を沈め、自らのフィルターを通して、客観的に文学だったり哲学だったりというものを濾過していく。そういうことがわかってきた。

そんなことは当たり前なのかもしれないけれど、わたしには少なくとも大学に入る前は誰もこんなことを言っている人はいなかったし、言ってくれる人もいなかったし、もちろん身近な親は大学とは縁のない生き方をした人だし、大学というところの意義なんて、本当に、交友関係を広げ、就職のための肩書をつくるところだとついこの前まで信じていた。

海外の俳優たちの経歴をよく見るのだけど、彼らはかなりの確率で大学を卒業している。そういう人が俳優をやるのが、ある意味当たり前なのかもしれないし、大学で学んだことがなければ、俳優として成功しないのかもしれない。 これを素直にそのまま芸術関係の学部の少ない日本と比べてはいけないとは思うが、この状況をシンプルに受け入れるのであれば、大学でやる意味があることがそこに存在しているから、ということになる。

交友関係を広げる場所でもなく、就職のための肩書でもない、という場所だ。
先生が憂いていたことに、勉強などしない、という大学が相当数あるらしい。 宿題などないし、出席していればよい、とか、あるいは期末の試験だけなんとか受ければよいなど、現状は様々である。 そういう大学に限って、就職率を気にするのだと思う。

大袈裟に言えば、大学のときに「死ぬほど勉強する」「死ぬほど本を読む」ということを
しないで社会に行くと、死ぬほど仕事をする人にはそう簡単にはなれない。
(もちろん「死ぬほど」というのは比喩です。)

会社が新入社員に器用さを求めてしまっては、本気で集中して何かをやる人間には
なれないと思うのだ。 コンビニで働いた経験や、インターンシップで1,2か月どこかの
会社でコピー取りをした経験なんか、入社してから1週間もあれば叩き込めることだ。
それよりも、大学の勉強なり、本なりに、どこまで真剣に取り組んでいて、何を見出した
のか、ということのほうが、企業の利益になるとなぜ考えないのだろう。

人材、というのは今日、明日簡単に育つものではない。 長い目が必要だ。
終身雇用の唯一の利点は、そういう長い目で人材を育てることができる環境がある
ことのみで、能力を数値化して横並びにしたら、そんなものは最初から破綻してしまう。

話を最初に戻すと、言いたいことが言えて、書きたいことがかける、という原始的な
能力こそ、大学卒業までに備えていて欲しいことではないのか、ということだ。
残念なことに、世代間の差も大きい。 胸に手をあてて自分が大学にいた時代、
どれだけ本を読まされたか、考えてみればわかる。 ある人は社会人になってから、
文章の大切さに気づき、読書をこよなく愛すようになった人もいるだろう。
そういう努力(趣味にせよ)は、会社の外で自らの力を高めている完全なる自己啓発
になっている。 英語を勉強するだけが自己啓発ではない。 そうではない限り
圧倒的に低い言語能力をそのまま引きずり、勘と経験だけで器用に仕事をする人に
なる。

実際にわたしもそうだった。
知識偏重を忌み嫌い、経験こそが企業の実態であって、経験こそが企業を成長
させると、300%ぐらいの確信をもっていた。 

しかし、どのような経験でも、あるときそれを言葉にして伝えるときがくる。
プレゼンテーションでも、社内発表でも、報告書でも、会議でもなんでもいい。
さらに、発表に対しての、質問や反論というものもでてくる。 それらについて、
意見を返すことや、新たな提案にもっていく能力は、経験だけでは少し足りない。

どんなに自分の仕事で成果があろうが、そこに真実味や実証性、再現性について
相手を説き伏せることができるかどうかに、ホワイトカラーでありえるかどうかが
かかっているのではないか。

だから、働く女性によく言うのは、仕事ができればそれでいい、という考え方ではなく
それをどう相手に伝えきるか、ということのほうにむしろ価値を見出してほしいと
いうことなのだ。

言葉の選び方、使い方、陳腐ないいかたをすればTPOに、タイミングという時を
重ねていく。 むろん、タイミングの取り方は経験でしか学習できない。

わたしが仕事で苦労はあったものの、それなりに管理職でやってこれた最大の理由は、わたしの仕事が経理だったからだと、最近よく思う。対象が数字なので、数字を見せることで、100%ではなくても8割は相手に内容を伝えることができる。
言葉の欠陥(欠陥といってもよいだろう)を補うために、そのテクニックは相当に
磨かれた。 どう数字を見せたら、相手が納得するか、は徹底的に研究をした。

しかし、英語でも日本語でも言いたいこと、言うべきことを伝えきったか、というと
決してそうではなかったと思う。 だから理不尽な相手が常に周りに存在していたし
どうも苦労しているような気がしたからだ。 もちろん相当変な人もいたが、自分の
言いたいことが伝えられない、という事実は常に付きまとっていた。

英語のレベルが低いから伝えられないのだろう、と理由づけをし、英語力を磨くため、自分なりにいろいろやってきた。 だが、実際にはおそらく日本語の能力の欠落にあったのだと今となっては思っている。 そして今は、その英語と日本語の両方のパワーが同じ勢いで増していることを実感している。 

文学部は全体的に今は人気のない学部になりつつある。
しかし、ここでしかできないことは、その「言葉」の重要性を「言葉で伝える」ことが
できることではないか。 わたしはそれを英語と日本語とアメリカという
3本の柱で紡いでいこうと思っているのだ。

まだまだわたし自身も変な言葉を使うし、このブログでもしっかり
伝わっているのかわからない。 だが、少なくとも数年前の記事と比較した場合、
コンテンツの「コンテンツ」が変わっていることは確かだ。
長らくごひいきにされている読者の方は、前のほうがよかった、と思うかも
しれないけれど、これがわたしなりの成長だし進化の過程なのである。

そして、その進行形の変化にわたし自身は喜びを感じている。
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by MySakuranbo | 2012-03-29 21:59 | 日々の出来事 | Comments(0)

メルボルン旅行記 12 カモノハシがカシモノハではない理由

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2012年メルボルン旅行記はこちらから ---> 目次
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メルボルンは大都市なので野生動物がうろうろしているわけではない。
ちょっと郊外にいけば、ばったりと遭遇するのかな、と思っていたが、
朝夕に周到に狙っていかなければなかなかその機会はないと知った。

ケアンズやゴールドコーストでは自然がもっと近くにあるので、野生動物
を見に行くツアーも沢山でている。 ここ、メルボルンではそれを期待
しないほうがよさそうだ。

とはいえ、動物園にならいるだろう、とメルボルン動物園に行くことにした。
行きは電車で帰りはトラムを使った。

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ここで見られる動物の一番のハイライトは、オーストラリアの動物ではなく
ゾウとオラウータンだと思う。 特にゾウの展示(といってよいのか?)は
上野動物園のようなコンクリートではなく、生き生きとゾウが水浴びを
している様子が見られる。 これは本当に感激だった。

オーストラリアの動物はなまめかしく寝ているカンガルーに微動だにしない
コアラ(1頭!)、それに穴倉からでてこないウォンバットという面々だ。
それでも生まれて初めてこの目でカモノハシが見れたことは大満足だった。

カモノハシはPlatypus(プラティプス)と英語で言う。語数の少ない辞書には
載っていないかもしれないが、オーストラリア原産の動物で、卵を産む
哺乳類である。(厳密には単孔類 monotremes)
あひるのくちばしのような口をもっていて、水中、水面を泳いで生活している。
歩けるようには見えなかったのだが、歩くのだろうか。
絶滅危惧種のため、オーストラリア以外の動物園で見ることはできない
はずだ。 オーストラリアに行ったら、コアラやカンガルーではなく、ぜひ
この珍獣を見に行ってほしいと思う。

それから、英語を勉強しているのなら、海外にでかけたときは水族館や
動物園に行くことをおすすめする。一般的にはよく知られている動物でも
英語学習者にとっては新鮮な言葉がいくつもある。 経験して覚える英語は
なかなか忘れないはずだ。 
わたしはPlatypusは大学の先生の口から初めてきいて覚えていた単語だった。
少し追加で説明してくれたので、それがカモノハシのことだとすぐにわかった。
しかし、授業で初めてきいた学生たちは、一斉に電子辞書で調べようとするが
載っていないためにうまく理解ができなかったようだ。
たとえ、カモノハシ、という日本語を知っていたとしても、カモノハシを言葉で
説明するのは非常に難しい。 言葉が言葉として機能するためには

カモノハシ



カノモシハ

でも

カシハノモ

でもなく、

カモノハシ

という、具体的な形や前提が頭の中にあるからこそ、会話がなりたつ。
だから、カモノハシを知らない人の会話は、カモノハシを絶対に頭に思い
浮べることがないので、「オーストラリアの絶滅危惧種」というもう少し
広い意味の言葉で会話をしても、彼女の頭のなかには、コアラやカンガルー
が思い浮かぶだけなのだ。

カンガルーは絶滅危惧種とは言い難い種類もなかにはある。


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ふてぶてしいカンガルー。
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by MySakuranbo | 2012-03-28 10:37 | -Australia | Comments(0)

アメリカの創始者

卒論の題目とテーマを来週提出することになっていたので、予定されていた
用紙に書き込んだ。 フォーマットまで決まっている。

テーマは日本語でも可。

と書いてあった。

卒論は英語で書くように定められている。
しかし、この時期、テーマまで英文で書ききれる人がどれだけいるのだろうか。
わたしのテーマも既に要所要所のキーワードは英文で折込済みなので
英語にしようと思えばできなくもない。 しかし、最初に提出する際に指導教官
に、多大な誤解を与えるようなことだけは避けたかったので、日本語で
そのまま書いた。

まず書けた、ということが第1歩だ。
ただ、もう少し絞るように言われるような気がしないでもない。 35枚程度の
論文のボリュームにするためのステップとしてはあまり狭すぎても5枚程度
しか書けないし、広すぎても散漫になるだけなので、ちょうど書ける程度を
見極めるのが難しそうだ。

夕方から600ページはあるアメリカの文学史の本を読みだした。
この手の本は本来は要点をガツガツと書き出して、記憶していくためのもの
なのだが、いちどじっくり「普通に小説を読むように」読んでみようと思ったのだ。

アメリカ文学史に大きな影響を与えた人物がいる。
文学史の一番先頭ではないが、独立戦争前の人物としては巨大な存在、
ベンジャミン・フランクリンである。あの100ドル札の人物だ。

文学史を知るまでは、ベンジャミン・フランクリンの功績は「建国」のため
政治家として活躍した人というイメージしかなかったが、彼は偉大なる
科学者で、偉大なる作家でもある。

彼の功績でもっとも影響のあるものはアメリカの住人を「アメリカ人」に
したことだ。強烈な個人主義国家を形成する礎はすべてここから
スタートしたと言える。 ベンジャミン・フランクリンこそが働いたものは
報われるという最初の資本主義を掲げ、「勤勉と労働」というコンセプトが
スタートしたことになる。

Benjamin Franklinは 1706年に生まれ、1790年に死去。
最初のアメリカ船、レディ・ワシントンが日本にやってくる1年前のことだった。
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by MySakuranbo | 2012-03-27 20:25 | 趣味のアメリカ | Comments(0)

メルボルン旅行記 番外編香港 空港とハーバー

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2012年メルボルン旅行記はこちらから ---> 目次
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旅行記はまだメルボルンの真っ最中だが、今朝のCNNで映った香港が
「finally(ついに)」青空になり、こちらの写真をUPしたくなった。
CNNのアンカーもfinallyと言っていて、霧もなくビクトリアピークの頂上まで
見晴らせる天気だった。

私たちが行った日はこんな天気。
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これが香港の2月である。
前夜にピークトラム(Peak Tram/山頂纜車)に乗って、念のため頂上に登ってみたが、
視界はまったくなく、ネオンのひとつも見ることができなかった。
香港が初めてだった友人にはちょっとかわいそうだったが、また次にくる
理由ができた、と思ってもらおう。

わたしは香港に来るたびにPeak Tramに乗って香港の全景を眺めている。 
それをしないとなぜか香港に来た気がしないし、来た意味がないとすら思って
しまう。 この前みたいにまったく何も見えなかった、というのは初めてだが
Peakで香港を眺めると、むかし(ひょっとしたら今も)野心に溢れていた自分
を思い出すのだ。

わたしが初めて香港を訪れたのはまだ英国の領土だった1993年のことだった。
日本ではバブル景気が終わろうとしていた。 バブルの真っただ中にいるうちは
それが終わろうとしているのかなんてことはわからない。 当時丸の内のビルで
派遣社員として働いていた24歳のわたしには、その先にどんな未来が待っている
のかも見えず、ただ、ひたすらもがいていた。
その秋にひょんなきっかけから香港に6日間行くことになった。
知り合いがいた、といえばきこえはいいが、今や名前すら覚えていない知り合い
が、香港を案内してくれることになっていた。

現地では半分はひとりで行動していたし、往復の飛行機も一人だったので、
半分は一人旅でもあった。 一人ではちょっと心細かったので、その現地の
知り合いを頼ったというわけだ。

当時の丸の内にはまだ高層ビルはなかった。
わたしの知っている東京は古風で行き場がなく閉塞感に溢れている町だった。
ところが、香港のセントラル(中環)を歩いてみると、天空に突き刺すような
ビルの数と、自信に満ちて歩く人々(たいていは20代から30代という世代)に
衝撃をうけた。

なんだここは。

必死で勉強した片言の広東語よりもむしろ英語のほうが通じた。
わたしがその時思ったのは、日本もいつかは香港みたいになるのかな、
であって、日本が香港の先を行っているという気がまったくしなかったのだ。

あれから約20年経ち、香港のビルの数もほぼ倍ぐらいになっている。
ビクトリアピークも一大ショッピングセンターになり、多くのメインランド中国人と韓国人がこぞって訪れる場所となった。 ピークで見かける日本人は少ないように見えた。
あるいは、ピークはもはや日本人にとっては単なる観光場所でしかなく、
わたしたちが東京タワーにはもう行かないのと同じような存在になっているのかもしれない。

香港に霧がでる理由をわかりやすく説明しているページが香港気象台にあった。

一部を抜粋してみる。
In springtime, Hong Kong and neighbour areas are affected by alternate cold and warm air. As cold air from the north recedes, warm and humid air comes in from the sea. During this time, as the water near the coast is still rather cold, the warm and humid air may be cooled sufficiently by the underlying cold water. This results in condensation of water vapour into droplets and hence formation of fog.

春になると、香港と近隣エリアは寒気と暖気の入れ替わりの影響を受ける。北からの寒気が遠ざかり、湿った空気の暖気が海からやってくる。この季節には海岸の海水温は比較的まだ冷たいので暖気と湿った空気が下にある冷たい水により冷やされることがある。これが原因で凝縮された気体が水の粒となって蒸発し、霧を形成することになる。 (拙訳)

-- Hong Kong Observatory


この霧は空港付近(ランタオ島)ではやや少なく、ビクトリアハーバー付近がもっとも濃いように感じた。 香港が九龍から空港をランタオ(チェク・ラプ・コック島)に移そうと思ったときに天気も考慮されたのではないかと思う。 

新空港が開港したのは1998年9月。 古いパスポートをめくってみたら、1994年にも香港を訪れていることがわかった。 人生で2回あの啓徳空港を利用できたことが、なによりもうれしい。今の空港は出国後エリアに巨大なフードコートがあることが特徴だ。 香港料理に名残惜しいわたしはここで、最後の香港料理を味わうことができた。 


晴れの日のビクトリアハーバーはWikipediaでみることができる。
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by MySakuranbo | 2012-03-27 10:03 | -Hong Kong | Comments(0)

意味は前にない、後にある

今週で3月が終わる。
長かった春休みも終盤になり、わたしの探求心にもさらなる火がついた。
2月の終わりから3月のはじめにかけてのあのやる気のなさがうそのように
毎日10時間ほどの勉強をしている。

やりたいこと、読みたい本が文字通り山積みでどこから手をつけて
よいのかすらわからなかったのだが、静かに少しずつその山は崩されて
いっている。 ずっとこの調子でできるかはわからないが、よいテンポには
なってきていると思う。

勉強や研究、創作活動というジャンルにはルーティンが必ず必要なのだ。
村上春樹は自分の創作活動に必要なものとして、体力をあげた。

Every day I go to my study and sit at my desk and put the computer on. At that moment, I have to open the door. It's a big, heavy door. You have to go into the Other Room. Metaphorically, of course. And you have to come back to this side of the room. And you have to shut the door. So it's literally physical strength to open and shut the door. So if I lose that strength, I cannot write a novel any more. I can write some short stories, but not a novel.

毎日、僕は自分の書斎に行って、机に座り、コンピューターのスイッチを入れる。 そのとき、ドアを開かなくちゃいけない。 大きくて、重たい扉を。 「別の部屋」に行かなきゃいけないんだ。 もちろん比喩的にだけれど。 それから、こちら側にも戻ってこなくちゃいけない。 それでドアを閉める。 つまり文字通り、ドアを開けたり閉めたりするタフな体力なんだ。 だからもしそのタフさを失うと、僕は小説を書くことができなくなる。 短編は書けても、長編は書けない。(拙訳)

 -- the guradianのインタビューより



彼はそう、ガーディアン紙のインタビューに答えた。
健全な小説家に健全な体力が必要なように、健全な学生にも健全な体力が研究に必要なのだ。

4月になるとシラバス&後期の成績が発表される。
今年1年、あるいはこれから先を泳いでいくための体力を維持しなくちゃいけない。

最近視力の衰えを感じている。
認めたくはないが、老眼がはじまっているのだ。 
それでも食らいつくように本に身を沈め、メモをとり、辞書をひく。
なんの意味があるかなんて考えていたら、ドアの取っ手にも触ることができない。
そこに「押す」と書いてあるから押す。
ただそれだけのことだ。
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by MySakuranbo | 2012-03-26 19:58 | 知識の泉 | Comments(0)

メルボルン旅行記 11 オーストラリアの移民

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2012年メルボルン旅行記はこちらから ---> 目次
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メルボルンを歩いていると中国人に沢山出会う。
とくにセントラルと呼ばれるエリアには中華街があるので、一瞬どの都市にいるのか
わからなくなるほどだ。 聞こえてくる言葉も英語よりも中国語のほうが多いときも
ある。

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メルボルンの中国人街はニューヨークについで2番目に大きいチャイナタウンと
知った。 移民博物館によると中国からの移民は古くからいたそうだ。
しかし、中国からの移民を「移民博物館」では大きくとりあげてはいない。 むしろ
それについてはChinese Museumが別に存在していることに驚きを感じる。 もちろんユダヤ移民博物館も別に存在する。 こうして移民博物館はイギリス人がその昔の「開拓」を記憶にとどめておこうとして作られたものであることが、行けばすぐにわかるのだ。

「開拓」という言葉は一方的な見方である言葉だ。 干拓とはまったく違う。
干拓は自然だが、開拓にはさまざまな文化が含まれていることを覚えておきたい。

同様に「滅ぼす」という言葉も最近気になる。
土曜日に「世界ふしぎ発見」でペルーのマチュピチュ遺跡を訪れていた。
ミステリーハンターはこう言った。

「マチュピチュの古代インカ文明はスペインにより滅ぼされた」

Wait a minuteである。
この言葉だけを聞くと、知らない人はインカ文明は紀元前頃か、もしくはせいぜい
西暦500年頃のことだと思うのではないだろうか。

しかし、インカ文明が栄えていた(存在していた)のは1500-1600年ごろの話だ。 
スペイン人がスペインから船でやってこれた大航海時代は、その長距離の航海に耐えうる海運技術が進化したからこそ到来しえたのである。

当時のスペイン人はカトリック教徒でカトリック教徒は布教をすることが自らの天命であり救いだと考えていた。 それと同時に彼らは貿易産業を探していたとも言える。
外の世界に駆り出す動機はかならず、経済活動と宗教が一緒になっているのが西洋文明の特徴なのだ。

「滅ぼされた」の言葉の裏には、多くの虐殺、略奪、焼き払いがあった。
もちろんテレビ番組の目的としては、スペイン人による侵略を明らかにすること
ではないので、簡単に通り過ぎてしまっても構わないと思うが、それでも西洋文化と
同じ言葉づかいで番組が作られることに、わたしは違和感を感じたのだ。


メルボルンの中華街を歩いてみたけれど、横浜の中華街よりも
ずいぶんとこじんまりしていた。 メルボルンのあとに香港に立ち寄る予定だったので
ここで中華を食べることはしなかった。 

友人はあまりにも多い中国系オーストラリア人を目にし、「オーストラリアじゃないみたい。」と言っていた。 



ちょっと調べてみたら、日本に住む中国人は約70万人なのに対し、オーストラリアでは20万人だった。しかしオーストラリアは全土の人口が23百万人しかいない。 これは東京の約2倍というところ。 
そう考えると密度的にはオーストラリアのほうがやや多い。 ちなみに、メルボルンの人口は350万人でシドニー(380万人)についで2番目である。 この二つの都市を足しただけで、人口の3分の1に達するのだから、オーストラリアというのは、人口構成も都市化も極めて特殊な国だと思う。

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by MySakuranbo | 2012-03-26 11:43 | -Australia | Comments(0)

Give me orange juice!

昨日、天気の記事を書いたが、偶然にも3月23日が世界気象デーだったらしい。
World Meteorological Organization)

Meteorologicalは気象学の、気象の、という形容詞なので、気象学はMeteorologyになる。なんとも長ったらしく、母音が多いので発音しにくい単語だ。
この手の学術用語の語源はギリシャ語であることが多く、ギリシャ語がいかに難しい
言語か想像つく。

今朝はこの2つのオレンジジュースの味の比較をした。 前から気になっていた、
同じ会社のオレンジジュース。 右は900mlであることに注目。 値段は100円程度
で売られている。左は1000ml入りなので、最近は130円程度の価格である。

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10mlあたりの値段は右側のほうが安いので、味が絶対に違うはずだ、という確信を
もって前から気になっていた。 しかし、原材料は「オレンジ、香料」としか書いていない
ので、同時に2本買って飲み比べをする以外にわからない。

結論は、両方とも美味しいが、左側のほうが後味の酸味とオレンジの渋みのほのかな
余韻を少しだけ強めに感じた。 個人的には左側のほうが好みに近かった。
販売元のスジャータめいらくのHPをみたところ、製品ラインナップが変わっていたので
そろそろ入れ替えの時期なのかもしれない。 900mlパックがなくなっていたので、
会社側もその姑息加減に気づいたのならなお良い。 

わたしはこのようにパッケージの内容量を減らしているくせに、変わらぬ顔で
売られている製品を基本的に買わない。 消費者は当然1リットル入りだと思うのに
値段の安さにつられて買ってみたら、900mlだったという事実を買ってから気づく人も
多いだろう。 同様に最近減っているポテトチップの内容量や、カップスープの袋の数、
5g減らした納豆、一回り小さい食パンなどにも、ひそやかに敵意を抱く。

製品の値上げをしないで、内容量を減らすというやり方をして、消費者がそれを
見抜けないとでも思っているのだろうか。 原価の都合で減らすのであれば、
ある程度認知されるまでパッケージにひとこと(内容量がかわりました)と書けば
よいのだ。

悪い情報は隠さずまっすぐに伝えたらどうだろう。
いったい何をびくびくしているのか、とその姑息さに憤るのである。

さておき、オレンジジュースで言えば、個人的にはトップバリュのオレンジジュース
が味の面で一番生オレンジに近い味がするよう思う。 バレンシアオレンジを配合
しているらしいので、ひょっとすると昔飲んだバヤリースに味が近いからなのかも
しれない。 ただ、今のバヤリースには人工甘味料がどっさり入っていて
とても飲めたものではないのが残念だ。
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by MySakuranbo | 2012-03-25 12:36 | -Eat, Drink, Cook | Comments(0)

メルボルン旅行記 10 ワイナリー巡り後編

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2012年メルボルン旅行記はこちらから ---> 目次
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ヤラバレーのワインツアーの後半はYearling FarmとChandon。
Yearling Farmは小さいワイナリーだけど、かなり上質のワインだった。

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右側に映っているのはユーカリの木。 オーストラリアでは様々なユーカリの種類
を見ることができる。

シャンドンをメインイベントとしている人は多く、ここはカーブの見学もできた。
カーブのなかでのテイスティングでは、3種類のスパークリングワインを堪能した。
ここのショップで6本調達し、日本に直送した。 送料は6本まで$80 (約7000円)。
7000円あったら2本買える、と思うと送料を払うのがばかばかしくなるが、
日本で売っていないシャンドンを調達することに意味がある。

Chandon Australiaは日本でも売っているがパッケージが若干ちがう。
味は一緒だと思うので、現地ではVintageを買うことをおすすめする。 それと
ピノノワールのスパークリングワインも日本ではなかなか手に入らない。

ここだけの話、日本で買えるChandon Australiaは1000円台で手に入ることも
あるが、買うのならロゼがいい。 白の味はやはりそれなりだ。
もっとも、安い炭酸入りのワインよりはずっとよいが。

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帰りのバスでは飲食が禁止だというのに、地元から参加のオージーの女の子
二人組がパーティーを始めた。 最初はYearling Farmで買ってきたミニボトル
を飲んでいたのに、知らない間に別のふつうのボトルをあけはじめた。
バスの後部座席では、各国乱れての回し飲み大会がはじまってしまった。

もちろん私たちもちょっとだけ参加。
日本から来た、というと、生活に興味深々の質問がとんでくる。

・日本人は毎日寿司を食べるのか? 何を夕飯に食べるのか?
・日本人は剣山の上で寝ているのか?(明らかに忍者映画の観すぎ)
・日本人は椅子を使うのか?

と、前世紀タイプの質問をもらっても、朗らかに答えるのみだ。

・寿司は買ったほうが安い
・剣山の上ではねない、むしろ、フラットな布団のほうが寝心地いいし、わたしはベッドだけど
・日本人は椅子をつかいます

「私の質問って失礼だったかしら?」

と、オーストラリア人の夫婦の妻のほうが言った。

No, not at all.

「私たち、ベトナムに行ったことがあるのだけど、ベトナムの人は床の上に
座る生活をしていたのよね。 日本も同じ?」

床の上にも座るけれど、椅子のほうが多いかな。

「ベトナムでは・・・だったのよね。」
「ベトナムでは・・・があったわ。」


彼女は大アジア圏ということで、ベトナムと日本との文化的接点を見出した
ようだけれど、それについては否定はしないでおいた。

日本人がオーストラリアとニュージーランドをほとんど同じと思うように、
スペインとイタリアを同じラテン気質だと思うように、日本人とベトナム人は彼女に
とっては、同じアジア人なのだ。

旅行に行くことによって出会う人たちと、こんな風に文化的交流をもつことが
一番のグローバル化だ。 ひとつひとつ相手の理解を深めてあげることが
双方にとって、少ない知識を広げる(あるいは正す)結果につながる。
ワインの回し飲みにもそれなりの効果があったようだ。

わたしは今回でMoet & Chandonグループの生産拠点のうち3つを訪れた
ことになった。 あとは記憶にある限り、アルゼンチンとブラジル。
南米は未知の世界だ。
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by MySakuranbo | 2012-03-24 13:17 | -Australia | Comments(0)

毎日が新発見 【2017限定】USCPA合格への道を綴ります


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